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カスタマーレビュー
おすすめ度:
五十年前の作品
(2010-05-14)
60年に製作された映画であるから、もう五十年も前になる。俳優たちの話し方も今とはかなり違っていた。そして、何より違っていたのは町並みや生活スタイルだった。
日本映画を語るときに必ず登場するのが小津という監督だ。私は黒澤監督の作品を観はじめたばかりで昭和映画の初心者に過ぎない。黒澤監督から小津監督へと進み、初めて「秋日和」を観た。
ゆったりとした日常生活が描かれ、だんだんと話の筋が見えてくるころになるといつの間にか映画に引きこまれていた。ローアングルから撮影された映像は、他の監督とは違って独特の風味を漂わせている。
「日本人の監督らしい」映画だと思った。というより、日本人にしか撮れない作品であると言ったほうが正しいかもしれない。緩慢として、穏やかな雰囲気はまさに日本的な作品の象徴だ。大女優の原節子や娘役の司葉子も綺麗だった。
小津監督は早くに亡くなってしまったが、彼の作った作品は今もなお色褪せることなく生き続けている。
子供の幸福を邪魔する親という存在
(2009-10-27)
大映に招かれて撮った前作『浮草』では慣れていない場所で作ったせいか作品全体にどことなく緊張感が漂っていたのだが、再び古巣の松竹に戻って小津が撮った本作品は、肩の力が抜けた小津の“余裕”さえ感じられる1本だ。今までの「父と娘」というテーマに少し変化を加えたこの『秋日和』、定番娘役の原節子がお母さん役となって登場し、その母を思いやる娘役に若き司葉子が扮している。
いきなり父親の7回忌からはじまるこの映画、娘のアヤ子(司葉子)から「おじ様」と慕われている亡父の友人3人組(佐分利信、中村伸郎、北竜二)が、父不在のこの映画で父親の代役をつとめている。美人のアヤ子の嫁ぎ先に世話を焼きたがるこの3人、その昔やはり美人の未亡人秋子(原節子)にどうも気があったらしく、なんだかんだいって秋子に対する下心が丸見え。一人ぼっちになってしまう母親を心配して縁談を断り続けるアヤ子を嫁がせるために“ある作戦”を企てるのだが・・・。
定番のローアングルこそ健在だが、切り返しショットや同じ台詞のリフレインといった前衛的手法?はさほど目立っておらず、映画全体に漂うユーモラスな雰囲気が観客をリラックスさせてくれるのだ。早大卒で○○商事勤務、社内のバスケットボールチームのキャプテンで・・・といった絵に描いたようなエリートをアヤ子とくっつけようとするのだが、TVドラマなどに出てくる中身スカスカの主人公たちとはちがってあまり嫌味ったらしく見えてこないから不思議である。
それは、(おそらく学歴コンプレックスがあったであろう)小津安二郎のエリートと呼ばれる連中に対するどこか冷ややかな視線や、一見「母と娘」の美しい親子愛を描いたように見える本作品の根底に、“子供の幸福を邪魔する親の存在”というブラックなサブ・テーマをこっそりと潜ませているからではないだろうか。小津作品を見終わった後にいつも感じる一抹の寂しさは、そのせいなのかもしれない。
ほのぼのと楽しめる小津コメディー
(2009-07-23)
小津作品の中でもコメディーの要素が非常に目立つ映画である。物語自体は「晩春」に類似しているが、父と娘の関係を母と娘の関係に置き換えており、小津監督の女性の心理に対する洞察力に脱帽する。佐分利信を筆頭にした、三人の中年男のやりとりが面白く、笑いを誘う。世代は違うが、縁談に翻弄される原節子と司葉子には、なんとも言えないセックスアピールがある。出色は、岡田茉莉子のキャラだろうか。キビキビとした言動に、当時のOLの中にも、このような人物がいたのかもしれないと想像すると楽しくなる。
星一つ引いた理由は、セットの多用で、構図がスタティックすぎること。おそらく予算の関係なのだろうが「東京物語」などと比べると、ロケが少なく、さながら舞台劇を見ているような気がしてくる。もともと静的な小津映画ではあるが、もう少し映画らしい映画にしてほしかった。
岡田茉莉子ファン必見
(2009-07-19)
それまで司葉子のシャドー的な存在だった岡田茉莉子が、途中、司と入れ替わるように映画の中心人物になるんですねぇ・・・。驚きました。
岡田茉莉子ファンなら絶対に見るべき作品。
「晩春」と鮮やかな好一対をなす名作
(2008-11-08)
60年公開の、小津監督カラー作品第4作。原節子を起用したカラー映画としては最初の作品。「晩春」と似たストーリーで、配偶者を亡くして親が娘の結婚を心配し、娘は寂しくなる親の将来を案じて結婚を考えたくない。そういう中で娘が結婚しやすくしようと親の再婚話が浮上し、娘は不潔だと反発する騒動がもちあがるが、最後には親は「今さらもう一度麓から山へ登るなんてこりごり」と自分は再婚しないが、「あなたはこれからなんだし、先々どんな幸せが待っているかわからないじゃない」と娘を最後の2人旅行の宿の夜にさとす。そして娘は結婚式を無事終え、親は寂しくなった家に戻り、万感胸に迫るものを感じつつ、うっすら笑みを浮かべて静かに終わる。粗筋だけ見ると晩春と同じではないかと思うが、晩春とは男女の立場を一部入れ替え、また世相の変化を反映している。すなわち、「晩春」と対比すると、以下のようになる(左が「晩春」で、右が本作)。
親:父親(笠智衆)、母親(原節子)
娘:原節子、司葉子
結婚相手:登場せず(見合い)、佐田啓二(佐分利信の紹介→自由な交際)
世話焼き人:親の妹(杉村春子)、亡父の友人3人組(佐分利信、中村伸郎、北竜二)
親と世話焼き人の男女が入れ替わっているのが面白い。特に3人組は飲み友達で、北竜二は昔からのあこがれの女性と結婚できるのかと心ときめかせるが、結局ダシに使われただけ。この3人組と娘の同僚・岡田茉莉子が映画全体をユーモラスなトーンにしている。しかし、一番心に染みるのは親子での最後の2人旅行となる宿の夜の場面だ。原節子の屈指の名演技といっていいだろう。そして変わらぬ原節子の美貌。まさに「雨に悩める海棠」だ。
おすすめ度:
五十年前の作品
60年に製作された映画であるから、もう五十年も前になる。俳優たちの話し方も今とはかなり違っていた。そして、何より違っていたのは町並みや生活スタイルだった。
日本映画を語るときに必ず登場するのが小津という監督だ。私は黒澤監督の作品を観はじめたばかりで昭和映画の初心者に過ぎない。黒澤監督から小津監督へと進み、初めて「秋日和」を観た。
ゆったりとした日常生活が描かれ、だんだんと話の筋が見えてくるころになるといつの間にか映画に引きこまれていた。ローアングルから撮影された映像は、他の監督とは違って独特の風味を漂わせている。
「日本人の監督らしい」映画だと思った。というより、日本人にしか撮れない作品であると言ったほうが正しいかもしれない。緩慢として、穏やかな雰囲気はまさに日本的な作品の象徴だ。大女優の原節子や娘役の司葉子も綺麗だった。
小津監督は早くに亡くなってしまったが、彼の作った作品は今もなお色褪せることなく生き続けている。
子供の幸福を邪魔する親という存在
大映に招かれて撮った前作『浮草』では慣れていない場所で作ったせいか作品全体にどことなく緊張感が漂っていたのだが、再び古巣の松竹に戻って小津が撮った本作品は、肩の力が抜けた小津の“余裕”さえ感じられる1本だ。今までの「父と娘」というテーマに少し変化を加えたこの『秋日和』、定番娘役の原節子がお母さん役となって登場し、その母を思いやる娘役に若き司葉子が扮している。
いきなり父親の7回忌からはじまるこの映画、娘のアヤ子(司葉子)から「おじ様」と慕われている亡父の友人3人組(佐分利信、中村伸郎、北竜二)が、父不在のこの映画で父親の代役をつとめている。美人のアヤ子の嫁ぎ先に世話を焼きたがるこの3人、その昔やはり美人の未亡人秋子(原節子)にどうも気があったらしく、なんだかんだいって秋子に対する下心が丸見え。一人ぼっちになってしまう母親を心配して縁談を断り続けるアヤ子を嫁がせるために“ある作戦”を企てるのだが・・・。
定番のローアングルこそ健在だが、切り返しショットや同じ台詞のリフレインといった前衛的手法?はさほど目立っておらず、映画全体に漂うユーモラスな雰囲気が観客をリラックスさせてくれるのだ。早大卒で○○商事勤務、社内のバスケットボールチームのキャプテンで・・・といった絵に描いたようなエリートをアヤ子とくっつけようとするのだが、TVドラマなどに出てくる中身スカスカの主人公たちとはちがってあまり嫌味ったらしく見えてこないから不思議である。
それは、(おそらく学歴コンプレックスがあったであろう)小津安二郎のエリートと呼ばれる連中に対するどこか冷ややかな視線や、一見「母と娘」の美しい親子愛を描いたように見える本作品の根底に、“子供の幸福を邪魔する親の存在”というブラックなサブ・テーマをこっそりと潜ませているからではないだろうか。小津作品を見終わった後にいつも感じる一抹の寂しさは、そのせいなのかもしれない。
ほのぼのと楽しめる小津コメディー
小津作品の中でもコメディーの要素が非常に目立つ映画である。物語自体は「晩春」に類似しているが、父と娘の関係を母と娘の関係に置き換えており、小津監督の女性の心理に対する洞察力に脱帽する。佐分利信を筆頭にした、三人の中年男のやりとりが面白く、笑いを誘う。世代は違うが、縁談に翻弄される原節子と司葉子には、なんとも言えないセックスアピールがある。出色は、岡田茉莉子のキャラだろうか。キビキビとした言動に、当時のOLの中にも、このような人物がいたのかもしれないと想像すると楽しくなる。
星一つ引いた理由は、セットの多用で、構図がスタティックすぎること。おそらく予算の関係なのだろうが「東京物語」などと比べると、ロケが少なく、さながら舞台劇を見ているような気がしてくる。もともと静的な小津映画ではあるが、もう少し映画らしい映画にしてほしかった。
岡田茉莉子ファン必見
それまで司葉子のシャドー的な存在だった岡田茉莉子が、途中、司と入れ替わるように映画の中心人物になるんですねぇ・・・。驚きました。
岡田茉莉子ファンなら絶対に見るべき作品。
「晩春」と鮮やかな好一対をなす名作
60年公開の、小津監督カラー作品第4作。原節子を起用したカラー映画としては最初の作品。「晩春」と似たストーリーで、配偶者を亡くして親が娘の結婚を心配し、娘は寂しくなる親の将来を案じて結婚を考えたくない。そういう中で娘が結婚しやすくしようと親の再婚話が浮上し、娘は不潔だと反発する騒動がもちあがるが、最後には親は「今さらもう一度麓から山へ登るなんてこりごり」と自分は再婚しないが、「あなたはこれからなんだし、先々どんな幸せが待っているかわからないじゃない」と娘を最後の2人旅行の宿の夜にさとす。そして娘は結婚式を無事終え、親は寂しくなった家に戻り、万感胸に迫るものを感じつつ、うっすら笑みを浮かべて静かに終わる。粗筋だけ見ると晩春と同じではないかと思うが、晩春とは男女の立場を一部入れ替え、また世相の変化を反映している。すなわち、「晩春」と対比すると、以下のようになる(左が「晩春」で、右が本作)。
親:父親(笠智衆)、母親(原節子)
娘:原節子、司葉子
結婚相手:登場せず(見合い)、佐田啓二(佐分利信の紹介→自由な交際)
世話焼き人:親の妹(杉村春子)、亡父の友人3人組(佐分利信、中村伸郎、北竜二)
親と世話焼き人の男女が入れ替わっているのが面白い。特に3人組は飲み友達で、北竜二は昔からのあこがれの女性と結婚できるのかと心ときめかせるが、結局ダシに使われただけ。この3人組と娘の同僚・岡田茉莉子が映画全体をユーモラスなトーンにしている。しかし、一番心に染みるのは親子での最後の2人旅行となる宿の夜の場面だ。原節子の屈指の名演技といっていいだろう。そして変わらぬ原節子の美貌。まさに「雨に悩める海棠」だ。

